スバル・インプレッサWRX。今回はこれが一体どのような心が宿ったクルマなのかを綴ります。前提として、ここでのインプレッサとはWRXという立場でのお話であることを念頭に置いて下さい。つまり、スポーツカーとしてのインプレッサの姿です。

スバルは'92年までレガシィでWRC(世界ラリー選手権)に参戦していましたが、さらなる飛躍を求め新型車を投入します。インプレッサはまさに世界の舞台で戦う為のクルマとして誕生したのです。実はレガシィからスイッチされる直前に経営不振に陥っていたスバルはWRC撤退の危機にさらされますが、世界一になりたいという熱き"心"を胸に参戦を続行します。その後'95年にSUBARUは初タイトルを獲得すると翌'96年そして'97年とタイトルを奪い、初代インプレッサ(GC)は日本初のWRCで3連覇を果たすのです。'01年から2代目にスイッチするまで、実に8年間も基本骨格を変えずに参戦していたことからも、初代の設計の秀逸さを知ることができます。また、この世代の市販STiモデルの走りのフィーリングは「軽快さとダイレクト・レスポンス」。これが最大の魅力ではないでしょうか。

2代目インプレッサ(GDB)は、"試行錯誤"の世代と言えます。先代を圧倒的に凌駕するボディ剛性を手に入れましたが、デザインにおいてはGDが幕を下ろす'07年までに2度の変更が施されています。競技では、2代目でも'01、'03年にWRCドライバーズタイトルを獲得、「ラリーのインプレッサ」を欧州により深く印象づけました。もちろんWRCの技術は市販車にフィードバックされています。マイナーチェンジする度に「抜群の剛性とパワー」をもたらし、より熟成され、絶対的な速さを持つクルマへと進化を遂げました。

'07年に3代目インプレッサ(GRB)にスイッチ。ここで大きな過渡期を迎えます。WRCでの戦闘力を上げるためにハッチバックへと姿を変えたのです。しかし、戦績の回復が間に合わず、'08年にWRC撤退を余儀なくされます。'90年代とは、もう時代が違っていたのでしょう。

こうしてスバルのWRC への飽くなき挑戦が終わりを迎えました。誕生以来、そのほとんどをWRCと共に歩み、進化してきたインプレッサ。その存在意義は無くなってしまうのでしょうか。スバルは今、道を探しているのではないでしょうか。インプレッサを何処に向かわせるのか・・・。ここ数年ではニュルブルクリンク24 時間耐久レースに参戦しており、2011 年にはクラス1位さらには上位クラスをも凌ぎ、日本車総合1 位を獲得するなど現行モデル(GVB)でもそのポテンシャルの高さを示しています。その姿は純粋に走りを追求する、まさに私が思い描く「インプレッサ」そのものでした。


スバルとファンを、STIが繋ぐ。モータースポーツは架け橋だと思います。そんなスバルに私は"あのころ"の片鱗を見ました。スバルの魅力はもちろん速さだけではありません。しかし、モータースポーツに挑まなければインプレッサはインプレッサではない。

「走りでひとを魅了する。」そういう宿命を背負ったクルマなのです。


懐古主義のスバリストより