前編よりしばらく時間が空いてしまいましたが、今回はSUBARUのアイデンティティー(後編)です。

スバルとモータースポーツの関わりは世界的にも濃いといえます。
しかしなぜ、スバルは様々な分野からモータースポーツに挑み続けるのでしょうか。
1988年にSTI(スバル テクニカ インターナショナル)が誕生。現在もスバルのモータースポーツ部門、そしてスペシャリティカー部門として走り続けています。
その功績として特に世界的に有名なのが、ご存じWRCでの快挙です。'90年から本格的にWRCに参戦開始すると'93年に初優勝、'95,'96,'97年にはシリーズ総合優勝を遂げ、日本車初の3年連続マニュファクチャラーズチャンピオンを達成したのです。
その頃市販のインプレッサは、と言うとWRXやWRX STiが登場。WRCでの成績を武器に一気にブランド力を高めたスバルは当時のジャパニーズ・スポーツの流行もあり、より過激になっていきました。マシンを新型にスイッチしたのち、これは個人的に非常に思い出深いのですが、2004年にWRC日本初開催のラリージャパンで優勝。行く先々がスバルブルーに彩られ、自らも青い服に身を包み、青い旗を振り必死に応援した記憶があります。
最終日のフィナーレで目の前に表れた青いマシンが誇らしく感じましたし、地元である日本で見事にスバルファンの期待に応えてくれたことに本当に感動しました。
何より「スバルが好きでよかった。」と心の底から思いました。

このエピソードを通じて私がお伝えしたいのは、モータースポーツは決してブランド力向上の為だけに存在しているわけではないということです。
世界を舞台に戦うSUBARU。どんなに汚れても、壊れても走り続けるSUBARU。その姿は全く同じカタチではないにしろ、ボクサーエンジンやAWDの技術を通じ、自分の家のSUBARUにもその「魂」が宿っているのだと感じさせてくれるのです。
──そうです。モータースポーツはクルマに対するキモチを育んでくれます。

だとすれば、スバルが積極的にモータースポーツに参戦する意義が見えてきます。
WRC撤退後、特に2011年はIRC(インターコンチネンタル ラリー チャンピオンシップ)、SuperGTやニュルブルクリンク24時間耐久レースなど舗装路や非舗装路、ラリーやレース等フィールドを問わず世界中で活躍。泥にまみれ、雨に打たれ、悪路に泣かされる。そんな数々の困難を乗り越えようと戦うスバル車に、私は心奪われるのです。
例えばサンバーはモータースポーツとは直接は関係ないですが、あぜ道をグイグイ進んでいく姿はやはりカッコ良い。山道を駆け上がるフォレスターも良し。水しぶきをたてて走るレガシィもたまりません。雨の日や雪の日にすれ違うスバル車をみると、ドライバーの表情が生き生きしているような気がするのです。「悪条件におかれてこそカッコ良い。」
ブランドイメージという言葉だけでは表せない、スバルだけのその姿はとても素敵です。

ニューモデルでいえば、完全なスポーツモデルとして話題のBRZはみなさんご存じだと思います。トヨタとの共同開発で──と頻繁に説明されていますのをよく見かけますよね。
そのBRZですが、まず足回りの味付けが両者で違います。BRZはパワー重視というよりも気持ちよく吹け、クルマをコントロール下に置きながらリアを流せる、そんな風に仕上がっています。
ただ疑問と言えば、トヨタの直憤システムは本当に必要があったのか。また何故、生産台数5000台中スバルは2000台という比率なのか。ということです。本来ならばイーブンにするべきだと思いますが、それがスバルの巧妙な戦略であることを祈るばかりです。

最近はさまざまな意味での期待を持たせてくれるこのBRZが目立ちますが、結局はスバルのモータースポーツとの関わりは絶えず続いていくのだなと感じます。
いや、絶やしてはいけないのです。スバルがスバルであるためには・・・。


懐古主義のスバリストより